今回のインタビューは、大阪公立大学大学院看護学研究科教授 細田泰子先生にお話を伺いました。看護教育学が専門で、看護実践のコミュニティにおける人々の学習活動とその支援について研究しています。

なぜ看護を志したのですか?

高校時代の私は、とにかく歴史が大好きで、社会部に所属して遺跡の発掘に参加したり、史跡を訪ねたりしました。大学も史学科に進んで本格的に歴史を学びたいと思っていました。

1980年代当時は、男性が主な働き手で、女性は結婚すると職場を離れるのが一般的でした。しかし、私は自分の性格からいって専業主婦になるのは難しいと思っていました。当時の就業状況から、果たして史学科に進んだあとに就職できるのだろうか、働き続けられるのだろうかという悩みもありました。

そこで、資格を取って長く働くことができ、人の役に立てる仕事は何かと色々考えました。その中で、歴史以外に医療にも興味があったので、看護師を目指したいと考えて看護学科に入学しました。

看護学科卒業後は大学病院に勤めました。大学病院ということで、患者さんと関わるだけではなく、早いうちから看護学生や新人看護師の指導に携わることができました。臨床経験を6年積んだのち、看護教育の現場に移ることになりました。

なお、歴史は今でも好きで、史跡巡りなどであちこちに行きます。本学の看護学部では、初年次に看護学概論という科目がありますが、その中に「歴史からみた看護」の授業があります。看護の理論や技術というものは、時代の中で変遷していきます。看護の考え方は時代背景に根ざしたものがあります。たとえばナイチンゲールの看護への貢献はクリミア戦争と切り離して考えることはできません。このような話は、学生にも興味を持ってもらいやすく、歴史を知ることで看護を好きになったという学生もいます。

先生のご研究内容について教えてください

私は、2006年に大阪大学大学院医学系研究科博士課程を修了し、看護学の博士号を取得しました。大学病院で働いていたときから臨床教育に興味があり、当時大阪大学大学院医学系研究科教授の小笠原知枝先生の看護教育開発学研究室で、「看護学実習における臨床学習環境のアセスメントとそれに基づく臨床教育モデルの構築」というテーマで研究に取り組みました。

博士論文で取り組んだ研究が、”Journal of Advanced Nursing”という海外の雑誌に掲載されました。その後も「臨床学習環境を探求する」ことをテーマに教育学の観点から、看護実践のコミュニティにおける人々の学習活動とその支援について研究を続けています。

2005年から大阪府立大学(現大阪公立大学)に勤めていて、看護教育学を専門に教えています。看護教育学とは、看護専門職者の発達や育成に関わる要素を探求するとともに、看護のケアの質を高めるための教育の役割や機能、教育方法、教育評価等について探究する学問分野であると考えています。

2011年8月から半年間、アメリカのオレゴンヘルスサイエンス大学の客員研究員として在外研究を行いました。このときの主なテーマが「臨床学習環境の日米比較」になります。

オレゴンヘルスサイエンス大学では、看護学部の上級副学部長であったPaula Gubrud-Howe先生に大変お世話になり、研究だけではなく、オレゴン看護教育コンソーシアムで運用していた「コンピテンシーに基づくカリキュラム」を学ぶ機会を頂きました。コンピテンシーのコアとなるものに、臨床判断があります。この大学の看護学部長をされていたChristine Tanner先生の臨床判断モデルがその教育に使われていました。

帰国後は、オレゴンヘルスサイエンス大学と本学の間で学術協定を結び、オレゴンヘルスサイエンス大学の教員をお招きして臨床判断に関する共同研究を今に至るまで続けています。

教育指導中に印象に残ったエピソードはありますか?

臨床判断では、ナラティブといって、物語を語り、解釈して思考することが、分析的推論、直観とともに重要視されています。

看護学部に入学してすぐに学ぶことになる看護学概論の授業の中で、私は難病の患者さんを特別講師としてお招きして、これまでの闘病生活のお話をしていただきます。

看護を学び始めたばかりの学生が、その患者さんが長い闘病生活の中で、何を思い、何に価値を見出して社会の中で生きてきたのかということに耳を傾けます。毎年お招きする方によって症状の程度も違いますが、学生のほとんどが難病の患者さんのお話を聞くのが初めてです。この話を聞いた後、学生から、治療をしながら自分たちと同じように社会の中で生活していることを実感したことや、患者さんのつらさや痛みを知ろうとする姿勢を忘れない看護師になりたいという気持ちが芽生えたといった感想がありました。患者さんの語りには、学生の認識を変える力があるのだと感じています。

大阪公立大学の雰囲気を教えてください

大阪公立大学は、2022年4月に大阪府立大学と大阪市立大学が統合して開学した大学で、日本でも最大規模の公立総合大学になりました。大阪府立大学も大阪市立大学も140年以上の歴史があり、たくさんの学問分野が一つの大学に集まりました。開学にあたってのキャッチフレーズは「総合知で、超えていく大学。」です。より一層複雑になってくる社会問題に向き合っていくためには、様々な学問の融合が必要だと思います。

看護学部は、現在は羽曳野キャンパスと阿倍野キャンパスに分かれていますが、2025年には阿倍野に集約されることになっています。二つの大学が統合したことによって、それぞれの強みが総合的に発揮されることになると思います。

看護学部の学生は、実践力を育成していくために、大阪公立大学医学部附属病院、大阪府立病院機構の5つの病院をはじめとして様々な施設で実習を行うことができます。

教員と施設の方々の連携も良く、少人数のグループで、学び豊かな実習を行うことができます。

多くの学問分野が揃ったことで、様々な分野と連携しながら、これからますます教育や研究が発展していくことを願っています。

これからの看護師に必要になる知識はありますか?

グローバル化は、看護職にも大きな影響を与えています。たとえば日本では外国人の患者さんが増えていると思います。国境を越えて、人、もの、情報が往来しています。

そして、様々な価値観を持った人たちと交流することが増えるため、自分とは違う価値観、文化、宗教を理解していくことが必要になります。

そのため、これからの看護師は看護倫理を学ぶことがより一層重要になってくるでしょう。

2021年に国際看護師協会や日本看護協会の倫理綱領が改訂されました。

私は大学院では看護倫理学も担当していますが、社会経験のある学生とディスカッションをする機会があります。看護の現場では、さまざまな価値観が対立したり、生命倫理の問題に直面したりすることがあります。

たとえば外国人の方が、日本の病院で家族も同席して医師から病気の説明を聞くことになり驚いたそうです。その方の母国では、まず本人に病気の説明をして、家族に話すかどうかは本人の決定に委ねられます。一方、日本の場合、以前は家族に病気の説明をし、本人に告知するかどうかは家族の意向に沿うことがよくありました。これは、欧米は個が主体、日本は家族が単位になっているという価値観の違いから来ているのではないかと思います。

このような様々な価値観、文化を理解して、看護を実践していく必要があります。

復職に不安を抱えている潜在看護師の方へのアドバイスを下さい

潜在看護師と呼ばれている方の多くは、出産・育児などのライフステージの変化から退職された方が多いと思いますが、復職への意欲を持っている方は少なくないのではないでしょうか。現場では、潜在看護師の方の復職を待っています。

人生100年時代となった今、これまで以上に長い間組織や社会と関わり続けることになります。自分のライフステージの段階の変化の中で活躍し続けるためには、働き手として社会人基礎力が大事です。これは、若い人だけでなく、シニア層にも言えることです。看護の現場では、チームとして動く力、個人で考え抜く力の両方が求められます。

そして、潜在看護師の方は、今後どのように学び、活躍したいという目的を持っているのか、ということを明確にしていくことが、キャリアを切り開く上で大事になります。社会人基礎力に加えて、専門的なスキルを学び、アップデートを続けるということが大切です。

以前潜在看護師の方に向けて、看護技術の自己評価の調査を行ったことがあります。

この調査の結果、安全管理、救命救急、感染予防など、患者さんの生命を守る技術に対する自己評価が低い傾向にあることがわかりました。このような不安に感じている技術の学習機会を持つことも、復職に結びついていくのではないかと思います。特に現在では、オンラインでも研修の機会を持つことができますので、積極的に情報を収集していきましょう。