今回のインタビューは神戸大学大学院保健学研究科教授、石井豊恵先生にお話を伺いました。石井先生は看護において様々な事象の定量化を行い、看護の最適化と未来の看護技術に向けた研究を行っています。

先生はなぜ看護学の道を目指したのですか?

当時まだ10校くらいしかなかった看護の大学に進みました。しかし、これは受験の失敗もあって進路変更を余儀なくされたためで、ずっと看護に真剣になることができませんでした。

成績も悪く、勉強もはかどらないため、先生にもずっと心配されていました。

3年生になったときに、本格的な看護実習が始まりました。私は看護実習には真剣に取り組んでいましたが、あるとき患者が目の前で急変してしまいました。

目の前で、医療ドラマのような劇的な場面が繰り広げられました。そのとき、私はただ何もできずに見ているだけでした。

医師が患者さんに薬の投与量を決めるときに、体重の情報が必要になり「この人の体重は何kgなんだ!」と叫びました。誰も答えることができない時間が一瞬あり、学生であった私はノートに細かく患者さんの基本情報を記録していたため、すぐに何kgです、と答えることができました。これをもとにすぐに薬の量が決まり、治療が進行していきます。ここで、私も役に立つことができる、ということが初めて実感できました。

この患者さんは一命を取り留めましたが、私が担当だったために危険な目にあわせてしまったかもしれないという思いもあり、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

その後、実習を修了するころに、私はその患者さんに、「すみませんでした」と謝りました。患者さんの口には管が入っていて喋ることはできませんでしたが、ゆっくりとうなずいて下さったことで、私は看護者になろう、と強く決意することができました。

また、その瞬間から私にとって看護の世界がとても大事なものになり、真面目に勉強をするようになりました。

看護大学を出た後は、救命救急の現場で臨床経験を積みました。当時は今のような7対1制度もできておらず、また救命救急自体が1分1秒を争う分野ですので、あまりにも忙しい現場でした。そのため、ナースコールに答えられない看護職の方もいて、何のためにこの現場にいるのかがよくわからなくなってしまいました。

このような中で、ただ「忙しい」と叫んでいるばかりでは誰も聞いてくれません。現状を打開するためには、データ、数字といった、みんなに説明するための材料を用意し、問題解決の方法を学ぶ必要があると思いました。そして、看護業務をテーマに修士課程、博士後期課程と進み、博士号を取得しました。

大学院にいる間も、現場には足を置いておきたいと思い、救命救急の現場は非常勤で続けていました。こうして、通算10年は現場にいました。

問題意識は常に現場にあったので、博士号を取得したあとは教育現場に行かずに臨床に戻りました。

こうして大学附属病院に勤務することになり、こちらも急性期の病棟である心臓血管外科でお仕事をすることになりました。

私としては研究の成果や身につけた研究の知識・技術を現場に活かしたいという気持ちがありましたが、現場は技術職であって、患者をもってなんぼ、というところがありました。現場では研究をすることが難しく、業務時間以外の時間を使って研究をしなければいけませんでした。こうして、現場に研究を活かすための人材育成の必要性を感じ、大学教員になりました。これが2007年のことで、それからずっとアカデミックにいます。

先生の研究テーマを教えてください

看護の業務をどのように数で示すかということが大きなテーマです。

看護学部の入学試験はどちらかというと理系寄りですが、入ってからは文系寄りの思考が要求されます。結果的に、現代の科学技術が示す数やデータを扱うことだったり、それを使って主張していくということがとても不慣れになってしまいます。

しかし、現場を変えていくことだったり、真理を追求するということにあたっては、どうしても数やデータにしていくことが必要です。

看護の業務には、患者の満足度だったり、看護師の連携だったりと、たしかにデータとして扱いにくい事象がたくさんありますが、一方でデータ化できるものをデータ化していくための視野や知識や技術が不足しているとも思っています。

例えば注射や、清拭といった看護の技術や成果は数字化しづらいものですし、患者の気持ちや満足度も大切ですが、身体の生理学的な指標で数値化できないか、ということを考えています。このように数量化・定量化することで、真理に近づくことができますし、また教育においても抽象的な言葉で伝えるのではなく、具体的な現象に結びついた方法として示すことができるからです。

たとえば、採血を例に取ってみましょう。

患者としては、失敗せずに一度で、怖くない、痛くない方法で採血してほしいという思いが一番にあります。ここで上手い人はどのように自分の身体、関節、手や指の動きで注射器を持ち、針を見えない細い血管に刺し込んでいるのか、新人看護師とはどのような差があるのか、ということを見ることで、成功や安全のポイントを導き出せるのではないかと思っています。

これには、近年のセンサーの技術や、コンピュータの性能の向上によって、数量化の可能性が出てきました。

注射器の針を血管に入れるときには、皮膚、皮下脂肪、血管と進んでいきます。血管の中に入ったときに、注射器を扱う人には独特の感覚があります。この感覚を体得できているかどうかで、採血の成功に大きな影響があります。この独特の感覚を私たちは「血管壁の抵抗」と呼んでいますが、それを工学の専門家の方たちと協力しながら数量化していくということをしています。採血ひとつとっても数量化する要素はたくさんあり、それらを一つ一つ解き明かしていっています。

このような数量化によって、これからますます深刻になることが予想されている看護師不足の時代においても、卓越した看護技術を受け継いでいくことが可能になると思っています。また、将来的には看護ロボットにも技術を移転できると思っています。看護ロボットは日本ならではの看護のクオリティの高さを保つために必要になるかもしれません。

人対人の関係性のなかで治療・看護するということはもちろん大切なことですが、既にロボットによる手術など、ロボットによる治療が受け入れ始められていますので、時代が進むにつれて、看護ロボットも少しずつ受け入れられていくのではないかと思っています。

看護教育におけるエピソードを教えてください

臨床現場でも教育現場でも長いこと教育に関わってきましたが、自分自身で出産と育児を経験することで、世界の見え方が変わりました。

それまでは、臨床の指導者として、あるいは教育者として、自分のなって欲しいレベルまで相手のレベルを引っ張り上げなければいけない、という責任感がありました。

しかし、子供は始め何もできません。子供が何かできるようになるためにはどのようにすれば良いのか、と考えるようになります。

基準が自分から相手に変わりました。

学生や新人看護師の方たちは、それぞれに個性と得手不得手があり、同じことができるわけではありませんし、同じことができるようになるためのステップも違います。

彼らに合わせた教育指導ができるようになり、ようやく人を育てるということがどういうことなのか、ということが分かってきました。

復職を考えている看護師にアドバイスをください

復職をするときに、一番抵抗があることは、今現場で何がおきているかわからない、昔と大きく変わってしまっているかもしれない、という恐怖感だと思います。

看護師協会の研修などで、看護を学びなおすことができますが、不安を解消するために必要なことはそれだけではありません。

看護から離れるときにも、ネットワークを保持しておくということが大切になります。

それが出来なかった方は、まずは医療職専門の人材派遣会社が提供している短期の看護職から始めることをお勧めします。長期の勤務として、一人ひとりの患者さんとしっかり向き合う前段階として、ワクチンの接種など比較的負担感なくできる短期の業務から開始し、現役の看護師の方たちと人間関係を作っていく中で技術や看護の現場のことを教えてもらうと良いでしょう。

SNSや研修も活用していくことができますが、実際の現場の声はなかなか手に入りませんから、そういうところから始めていくのが良いと思います。

また、今看護師は売り手市場になっていて、看護師が職場を選ぶことができるようになっています。クリニックなどは人材が流動的で、短時間の仕事も多く、業務の内容も病院よりは慣れやすく複雑な技術などはあまり必要ないことが多いので、そういうところで経験を積み、自信を付けていきましょう。

育児と看護師の両立についてアドバイスを下さい

まず、育児と看護師の両立は(少なくとも私には)不可能です。両立しよう、と思わない方が良いと思います。

自分の人生、配偶者の人生、子供の人生とそれぞれに人生があり、突発的な出来事も頻繁で計画的に進むことはほとんどありません。計画を立てて両立をしよう、と思っても、その通りにならずしんどい思いをすることになりやすいです。

特に日本人はお金を貰っている以上責任が生じるし、その責任を果たせないのなら仕事をするべきでない、と考えている人が多いように思います。

それはその通りですが、社会をもう少し大きな視点で捉えると考え方が変わってくるかもしれません。

看護師不足が深刻になっている現在、一人でも多くの看護師が現場にいる、ということが社会を支えています。まずはあなたが現場にいるだけで良いのです。たとえ仕事があまりうまくできなかったとしても、人が死ぬかもしれないという重大なことは、みんなでカバーして対処することができます。

育児と看護職を両立させようと意気込むのではなく、育児をしている自分が看護の現場にいる、というだけで良いのです。社会にとってそれはとても価値のあることです。そして、それがあなたが仕事をする意味だと捉えて頂ければと思います。